ユーザビリティは前例主義であるべきか?

一般的に、ユーザビリティを意識してユーザーインターフェース(UI)を設計する際には、前例(慣習)に従うのが良いとされることが多いです。これには理由があって、ユーザーの頭の中で構築されたメンタルモデルに適合しやすいからです。

慣習(広く受け入れられ確立した技術や解決法)を無視して、無駄に同じようなものを考えたり作ってしまうことを「車輪の再発明(reinventing the wheel)」と皮肉を込めて言うことがあります。車輪の目的(輸送用のツールなど、接地した状態でモノを動かす)を達成するために、車輪よりも優れた形状のパーツを新しく発明することは難しいわけで(実質不可能)、優れた慣習はそのまま流用した方が良いことを示すたとえとしてよく聞かれます。

もちろんその一方で、前例(慣習)に倣うだけでは、現状より優れたユーザーインターフェースを発明するといったイノベーションが妨げられてしまうのも事実です。ユーザーインターフェースを設計する立場として、このジレンマにどう向き合えば良いのでしょうか。

私自身の持論ですが、「思考停止な前例踏襲には陥いるな」と言えるのではないか、と考えています。

前例(慣習)を踏襲する場合、「妥当な理由」が説明できることが大事です(「ただ前例だから」ではなく、「前例を踏襲すると、xxxという理由でユーザーにとって利便性が高くなるから」といった説明付けができるかどうか)。この「妥当な理由」を検討する過程において、本質論のところで突っ込みを受ける余地があるとしたら、その「前例」は、考え直すこともありなのかもしれません。

Jacob Nielsen(ヤコブ・ニールセン)氏の「パスワードを隠すべきか?」という問題提起は、改めてそのことを意識させてくれました。また、Webの入力フォーム(「お問い合わせ」や「申し込み」など)で、氏名を入力させる際の「フリガナのカナ表記」についても、同じことが言えるのではないかなと思います。

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