スマートウォッチの UX (Pebble を使っての気づき)

Apple Watch の発売で、話題沸騰の感のあるスマートウォッチ。スマートウォッチのブラウザでウェブサイトを閲覧する、という利用シーンはあまり考えられないかもしれませんが、インターネットを介してやり取りされる情報が (ブラウザ以外の) 各種アプリでも利用できるようになっていることを考えると、ウェブに関わる多くの人にとって、スマートウォッチは気になる存在だと思います。

私はこの半年ほど、Pebble を愛用しています。画面をタッチ操作できない、カラー液晶ではない、標準で日本語フォントが入っていない (非公式の日本語パックを入れることで、文字化けを回避することは可) ... など、Apple Watch や Android Wear に比べて一見非力ではありますが、バッテリーのもちがよい (バックライトが OFF であれば普通に使っていても一週間はもちます)、情報が常時表示される (時計を見るのにわざわざスリープ解除の手続きをとる必要がない)、e-paper で屋外でも視認性がよい、水仕事や雨くらいなら問題なく使える (50m 防水)、など実用面でよくデザインされたプロダクトだと思います。

半年間 Pebble を日常生活で使用することを通じて、スマートウォッチのユーザーエクスペリエンス (UX) について僅かながらもそれなりに気づきを得ることができたので、個人の感想ではありますが、ここに書き記しておきたいと思います。

グランサビリティ (一目瞭然性) は必須要件

時刻の表示を含め、スマートウォッチで表示される情報においては、グランサビリティ (glanceability : 一目瞭然性) はとても重要で、何よりも必須の要件であることを実感しました。

Pebble では様々なウォッチフェイスを載せ替えることができるのですが、アナログ時計のメカや旧来のデジタル時計の「7セグメント」といった制約が無い分、自由なデザインの時計をいろいろ楽しむことができます。ただし、私自身、斬新なデザインも含め面白がっていくつか試してみましたが、自転車の運転中や歩行中など「ほんの一瞬」で情報を理解できなければとても実用的と言えず、結局はグランサビリティに優れたウォッチフェイスのみを使うようになりました。

グランサビリティの担保にあたっては、ユーザー行動のコンテキストに適合した簡潔な情報内容、意味的に適切な情報配置、可読性の高いタイポグラフィ (文字フォント、サイズ、ウェイト、コントラスト) が肝かなと感じます。

腕時計を見る体勢を維持するのは疲れる

腕時計型のデバイスで情報を見る場合、「腕を水平近くまで上げて、肘を曲げて、手首を少し捻って、デバイスの画面が目の近くに来るような体勢」が求められます。

Pebble で時計以外の情報を見入っているときに実感したのですが、この体勢を一定時間以上キープするのは、意外と身体的負荷が大きく、デバイス自体がどんなに軽量であっても、疲れるものです。

スマートウォッチは、情報を「じっくり見る (または読む)」行為にはそもそも不向きだと感じます。

意外とハンズフリーではない

スマートウォッチというと、スマートフォンのように手で持つ必要が無い分、ハンズフリーな印象を持たれる方も少なくないと思いますが、実は意外とハンズフリーではなく、使用中はむしろ、両手がスマートウォッチに拘束される (手を他の用途に使うことが難しい) 形になります。

たとえば、スターバックスでコーヒーをテイクアウトして、カップを手に持った状態で、スマートウォッチで (Swarm などのアプリを使って) チェックインすることを想像してみてください。私自身の経験ですが、Pebble を装着した左手で熱いコーヒーを持って、右手で Pebble のボタンを押そうとしたところ、できませんでした (コーヒーをこぼさないように持つことと、Pebble の画面を自分が見やすいように向けることが両立できないのです)。結局、いったんコーヒーをカウンターに置いてから、チェックイン操作をしました (傍目にはとても「スマート」とは言えないな…と少し可笑しくなりました)。

音声入力によって一連の操作が完結できるようになって初めて、スマートウォッチはハンズフリーと言えるのかもしれません。

通知機能は便利なのか?

電話やメッセージの着信をはじめとする通知機能は、スマートウォッチの基本機能と言えます。便利ではありますが、通知が多すぎるとかえってストレスになりそうで、バランスが悩ましいところです (一部のアプリやアカウントの通知のみをスマートウォッチで受けるようにするなど、人それぞれチューニングが必要でしょう)。また、一連の UX がスマートウォッチのみで完結しない (結局スマートフォンを鞄から取り出さないといけない) 場合、かえって面倒な感じがします。たとえば LINE のメッセージであれば、スタンプ程度ならスマートウォッチから返したいものです (残念ながら Pebble ではできませんが…)。

地味に便利だなと思ったのが、Google アカウントの二段階認証です。認証コードのメール受信を Pebble にも通知されるようにしているのですが、瞬時に手首のところで認証コードが確認でき (Pebble の場合、画面がスリープ状態にならないので、スリープ解除という面倒な手続きをしなくてもよい)、ログインしようとしているデバイスの画面にも干渉しない (セカンドスクリーンとしてログイン時に併せ見ることができる) ので、スムーズにログインができます。

もうひとつ、個人的に便利に使っているのが、予定のリマインダーとしての通知機能です。カレンダーアプリに登録してある予定を、事前に Pebble にも通知されるようにしているのですが (iPhone の Google カレンダーアプリなら、イベントごとに通知の有無や通知のタイミングをカスタマイズできるので好都合です)、手首に付けた Pebble が振動することで、より直接的に自分にリマインドしてくれているような感覚になります。

それから、これは実際には起こって欲しくありませんが、以前「ゆれくるコール (緊急地震速報)」の試験発信があった際、iPhone で受信すると同時に Pebble でもタイムラグなく通知を受けることができ、少し安心感が増した感じがします。

「スマートフォンでいいじゃん」から抜きん出るスマートウォッチならではの UX

半年間 Pebble を使う中で、様々なアプリを取っ替え引っ替え試してみましたが、優れた UX をスマートウォッチで提供するのは容易なことではないなという印象です。はじめは物珍しさもあって楽しくても、それなりの期間使っていると、結局は「わざわざスマートウォッチでやらなくても、スマートフォンでいいじゃん」となってしまうものが多い気がします。

そんな中、スマートウォッチならではの UX を体感できたものがいくつかあります。私個人の経験の範囲内ですが、いくつか挙げてみます。

訪れた場所を記録する

訪れた場所を記録する、いわゆるチェックインは、その場で手短に済ませたいものです。個人的な感覚ですが、たとえば子連れで出かけているときなど、悠長にスマートフォンをポケットや鞄から取り出しているヒマがないこともしばしばです。

そんなとき、私は Pebble の Swarm アプリを使っています。上述のように「スマート」とは言えない経験もありますが、スマートフォンを取り出す余裕が無くても、手首のところでボタンを押すだけで即座にチェックインができるので、だんだんチェックイン行為そのものが習慣化しました。

スーパーマーケットで買い物する

スーパーマーケットでは買い物メモ (チェックリスト) が欠かせない私ですが、メモを持ちながら店内でカートを押すというのは、厄介なものです (カートの中身が増えると重くなるので、片手でカートをコントロールするのは難しくなります)。また、片方の手でカートを持って、もう片方の手で棚にある商品に手を伸ばそうとするとき、メモが邪魔なので一時的にポケットに入れたりするわけですが、時々、どのポケットに入れたか度忘れします。買う品目が多い場合は、リストを消し込む (チェックを入れる) 必要がありますが、そのためにペンも一緒に持ち歩かなければなりません (そしてペンをどこにしまったかわからなくなったりします…)。

そんなとき、Pebble の Evernote アプリのチェックリスト機能が重宝しています。買い物リストを手で持たなくてよいので両手でカートが押せますし、リストの消し込み (チェック) も手首のところでボタンを押すだけなのでペンを携行する必要もありません。願わくば、手書きの買い物メモを iPhone で撮影して Evernote の OCR でテキストに変換表示できたら、事前の準備が楽になるのに…と思います (iPhone の Evernote アプリで、音声入力でチェックリストを用意する、という手もありますが)。

サイクリングを記録する

ランニングやウォーキングといった運動データを記録するアプリを使っている方も多いと思います。私は日常的にクロスバイクに乗っていて、移動距離や所要時間、ペースを計るのに RunKeeper を使っています。

Pebble の RunKeeper アプリ であれば、信号待ちで計測を一時停止/リスタートする際、わざわざスマートフォンを取り出す/しまう必要がありません。手首のところでボタンを押すだけなので、ストップ&ゴーがとてもスムーズにでき、走ることに集中できます。

初めての場所に行く

私は方向音痴なので、特に初めての場所に行く際は、iPhone の Google Maps には幾度となく助けられています。ただ、馴染みのない街中でスマートフォンを見ながら歩くというのは、意外と疲れるものです。地図に見入ってしまうと、いわゆる「歩きスマホ」状態になってトラブルや事故につながるかもしれません。

そこで、Pebble の PebbleNavMapsGPS といったアプリを試しましたが、さしあたっての turn-by-turn なナビゲーション情報 (「何メートル進んだらどっちに曲がる」という案内) を都度、スマートウォッチで得ることができるのは便利だと感じました。PebbleNav の場合、画面に視覚的に情報が表示されるだけでなく、振動でも伝えてくれるので (右に曲がる箇所では一回振動し、左に曲がる箇所では二回振動する)、両手が荷物でふさがっていてもナビゲートしてもらえます。

ただしいずれのアプリも、turn-by-turn なナビゲーションにおいては、本来相対的な「右」「左」を (実際にユーザーが向いている方向ではなく) 道路の進行方向を基準に提示していることが、ミスリーディングだと感じます。ユーザーが道路に沿って正しく歩いているときはよいのですが、(通りを横断するときや、不安になって後ろを振り返っているときなど) 道路の進行方向と異なる方向をユーザーが向いている場合、ユーザーから見て正しくない「右」「左」情報が提示されてしまうのです。GPS や加速度センサーなどでユーザーの向いている方向が正しく検出されて、その動向に応じて細かいタイミング粒度で「右」「左」提示がアップデートされれば、より実用的になるかなと思います。


こうして見ると、スマートウォッチの優れた UX とは、 スマートフォン利用時の「実は少し不便なこと」や「なんだかスマートじゃない感」を軽減して、一連のユーザー行動をより自然なものにすること、と言えるかもしれません (そしてその「不便なこと」や「スマートじゃない感」の軽減がスペック的には僅かなものであっても、日常行動の習慣を変えてしまう可能性を持っていることが、とても興味深いところです)。

もちろん、スマートウォッチがさらに進化して、スタンドアローンなデバイスになれば (スマートフォンとのペアリングが前提条件でなくなれば)、また違った UX がいろいろ出てくる可能性もあります。引き続き Pebble の普段使いを楽しみながら、私もいろいろ模索してみたいと思います。