アクセシビリティって儲かるの?

Web アクセシビリティ向上を推進しようとする際、サイトオーナー (サイトの運営者) からよく聞かれるのが、「アクセシビリティ対応をするにしても、それで自社は儲けることができるの (アクセシビリティ対応にかけたコストをペイできるの)?」という話です。実際、サイト運営の諸施策の中からアクセシビリティ対応だけを取り出して ROI (費用対効果) を算出することは容易ではなく、なかなか難しい問いかけです。

ビジネス (マーケティング) の世界では「80:20の法則 (パレートの法則)」や「選択と集中」といった言葉が示すように、限られたリソースをどこに注ぎ込み、いかに効率的に利益を得るか、が重視されます。そのため、アクセシビリティのような「すべてのユーザーのため」の「売り上げ (コンバージョン) に直結しない」施策は、優先度の高い要件として実感されにくい、という実情もあります。

この状況を打開する力学として期待できるのが、法制面からのアクセシビリティ対応の要求です。たとえばカナダ (オンタリオ州) では公的機関に加え民間企業のサイトでもアクセシビリティ対応が求められており (参考 : オンタリオ州地域社会サービス省サイトの「Make your website accessible」ページ)、こうした法制面からの要求を理由に、アクセシビリティ対応のゴーサインが得られるケースもあるかもしれません。ただしこれだけでは「法律だから、しかたなくやる」に留まってしまい、アクセシビリティがビジネスメリットとして認識されるには至らないだろうと思います。

ビジネスの観点でアクセシビリティを考えたときにひとつ言えるのは、「儲かるの?」以前に、自社サイトのアクセシビリティが不十分な場合、それは「機会損失」(顧客の離脱による売り上げの取りこぼし) を引き起こす恐れがあるということです。ユーザーの Web 閲覧デバイスの多様化 (PC、スマートフォン、タブレット、ウェアラブルデバイス...)、情報の入出力手段の多様化 (マウス、キーボード、スクリーンリーダー、ピンディスプレイ、タッチインターフェース、音声認識...)、Web 利用コンテキストの多様化 (いつでも、どこでも Web にアクセスする)、といった状況を考えると、この機会損失リスクは今後ますます、軽視できない問題と言えるでしょう。

ユーザー側の多様性 (様々なデバイス、様々な入出力手段、様々なコンテキスト) に広く対応し、あらゆるユーザーが Web サイトを利用できるようにすることで、つまらない機会損失を撲滅する...そんな風にアクセシビリティに対する意識が変わってゆけばいいな、と思います。


(2014年7月1日追記)

この記事に対する「返信」として「Re: アクセシビリティって儲かるの? | 覚え書き | @kazuhito」という記事をいただきました。(とても勉強になりました。ありがとうございます。)

特に :

記事の冒頭でROI (費用対効果) を算出することは容易ではなくとお書きになっているのと同じで、アクセシビリティの不足がどれだけ機会損失を招いているか把握することは、容易ではないと思います。離脱であれば(一度でもWebサイトにアクセスしてくれれば)、離脱率のようなかたちで計測できるでしょうけど、離脱要因がアクセシビリティにあることを正しく判断するのは難しいでしょう。そういうわけで、機会損失を防ぐという目的も、残念ながら現状を変えるに十分な説得力を持ってはいないように感じます。

...は、おっしゃるとおりです。「機会損失を撲滅するためのアクセシビリティ」と言いながら「では、アクセシビリティ対応をしなかった場合に生じる機会損失はいくらなのか?」という突っ込みに対しては、明確な解を持っていないというのが正直なところです。

私自身は、アクセシビリティ単体で儲かる/儲からないを論じる意図はなく、本質的には @kazuhito さんのご指摘のように、Web業界はもとより、広くWeb制作に関わる誰もが、Webコンテンツが普遍的に備えるべき品質としてアクセシビリティを捉え直すことが最も大切だと思います。ただ、「儲かるの?(ペイできるの?)」というビジネスではよくある問いかけに対して、サイトオーナーが理解しやすい言葉で切り返しができないだろうか、とも思っていて、アクセシビリティの重要性を語るつかみとして「機会損失」というキーワードが使えないだろうか、と思いました。