スクリーンリーダー利用に関するトレンド : 2009年1月および10月実施の WebAIM 調査より

2010年3月に第25回目として開催されたアクセシビリティに関する国際会議「CSUN」において、Webアクセシビリティ向上のために設立された米国の非営利団体「WebAIM(Web Accessibility in Mind)」による、スクリーンリーダーの利用に関する調査結果が発表されました。米国の状況ではありますが、興味深いトレンドが浮かび上がっており、個人的には、いずれ日本にも波及するのではないかと思いますので、ご紹介したいと思います。

ちなみに私自身はCSUNには参加していませんが、セッションの資料は公開されているので、より詳しく知りたいという方は、この記事の末尾の「参考資料」をご参照ください。

WebAIMによる今回の調査は、2回にわたって行なわれたようです。第一回は2009年1月(回答数1,121名)、第二回は2009年10月(回答数665名)です。約1年間(10ヶ月)のインターバルを置くことで、「2009年の間にユーザーを取り巻く環境がどう変化しているか」という傾向をつかもうというものです。

調査参加者のプロフィールですが、回答者のうち障害者(生活の必要上スクリーンリーダーを使用している人)は90パーセント。スクリーンリーダーの使用スキルについては、上級者が52.5パーセント、中級者が42.8パーセントで、初心者が4.7パーセント、という構成です(つまり中級者以上が95パーセント以上を占めています)。インターネットの使いこなし状況も、上級者が64.9パーセント、中級者が33.6パーセント、初心者が1.5パーセントになります(つまり中級者が98パーセント以上にのぼります)。その意味では、視覚障害者のうち、それなりにインターネットを使いこなしている人が、今回の調査結果の中心的回答者像と言えるでしょう。初心者が極端に少なすぎるのでは?という疑問もありそうですが、いずれ初心者は中級者になるものですし、その意味では、調査結果にバイアスがかかっているとは考えなくてもよいと思います。

それでは、今回の調査で見られた興味深い傾向について、いくつかピックアップしてみましょう。

無料または低価格スクリーンリーダーのユーザーが増加している

普段よく使うスクリーンリーダーを調べたところ、JAWSWindow-Eyesといったメジャーどころは依然としてユーザー数が多いものの、目立った増減は見られませんでした。一方、無料または低価格のスクリーンリーダーのユーザーが、第一回から第二回調査の間で急増していました。Mac OSに標準装備されているVoiceOver6パーセントから15パーセント、Windows用に開発されているオープンソースのスクリーンリーダーNVDA8パーセントから25パーセント。また、低価格で提供されているスクリーンリーダーSA(System Access to Go)3パーセントから22パーセント。やはり、有料のスクリーンリーダーはユーザーの懐をそれなりに圧迫している一面があると思いますし、無料/低価格のスクリーンリーダーがどんどん高機能化していることも、この傾向に拍車をかけているものと思われます。

無料または低価格のスクリーンリーダーの使用感については、50%近くが、一般の(高い)スクリーンリーダーの代用になると考えていて、代用にならないと答えた人は20%程度。50という数字が多いか少ないかは、色々と議論があるでしょうが、たとえばNVDAはオープンソースで日々機能改善がなされていますので、この数字は、上がる一方ではないかと推測されます。

なお、VoiceOverやNVDAは日本語でも使えます。別途日本語の音声合成エンジンが必要ですが、「ドキュメントトーカ日本語音声合成エンジン」(クリエートシステム開発株式会社製)でしたら、Windows版、Mac版があり、どちらも5,000円程度で購入できます。現時点では、PC-Talkerやホームページリーダーをお使いの方が多い日本ですが、今後はもしかしたら、米国同様に、無料のスクリーンリーダーに移行する傾向が出てくるかもしれません。

ちなみに私は実際に、パソコンの音声読み上げ環境の構築はお金がかかるという声を、ある視覚障害者から聞いたことがありますし、それゆえに最新バージョンへのアップデートがなかなかできない、という人も少なくないようです。パソコン支援教室などで、そのときは恐らく助成金が出るのかもしれませんが、いったんインストールされて、以後そのまま、バージョンアップすることなく、古い閲覧環境が使われ続けているという現状もあります。支援技術もソフトウェアである以上、機能改善、セキュリティ対策、その他不具合対策などで、アップデートは必要だと言えます(最初から完璧なものができればベストですが、非現実的です)。その意味では、導入コストが下がることで、最新版の環境で快適にWebを活用できる状況が整えばいいな、と思っています。

「見出し」は「道しるべ」として活用されている

今回の調査では、Webページにおける「見出し」の使われ度合いについても、触れられており、以下のような結果が出ています。

この結果を見ると、見出しレベル(<h1>から<h6>)を含めて、HTMLを正しくマークアップすることの大事さを改めて感じますね。

JavaScriptを有効にしているユーザーが少なくない

今回の調査によると、75パーセント近くの人がJavaScriptを有効にしているそうです。一般的なブラウザとスクリーンリーダーの組み合わせというWeb閲覧環境を使用していて、かつ、大半はブラウザのデフォルト設定を特に変更していないから、だと思いますが、Ajaxを含め、インタラクティブなUIを構築する際には、キーボードでも操作できることが大事と改めて言える結果ではないかと思います。

モバイルで音声読み上げをする人が急増している

今回の調査結果では、モバイルで音声読み上げをする人が急増していることも、特筆すべき点だと言えます。第一回の調査では12パーセントだったのが、第二回の調査では50パーセントと、4倍もの増加率を示しています。

この背景について、ミツエーリンクスさんのCSUN 2010参加報告セミナーにて、twitter経由で次のような質問をさせていただきました。「WebAIMによるスクリーンリーダーユーザーの調査で、モバイルで音声読み上げをする人が増えているそうですが、その背景は?iPhoneのようなアクセシブルなスマートフォンの影響が大きいのでしょうか?」とお伺いしたところ、「iPhoneのVoiceOverももちろんですが、Code Factory社のMobile Speakやアンドロイド携帯用のスクリーンリーダーも、数字に影響していると思います。」とのことでした。また、ある方から教えていただいたのですが、BlackBerry用にも、OratioというスクリーンリーダーがカナダのHumanWare社から発売されているようです。米国ではスマートフォン市場のシェアの4割を占めるとされているBlackBerry(ご参考:TechCrunchの記事)で、オプションとはいえ音声読み上げの機能が用意されているのは、すごいと思いました。

モバイルで音声読み上げをする人が増えている要因としては、パソコンに自分でスクリーンリーダーの使用環境をセットアップしたり、バージョンアップするのが困難だったり面倒だったりするから、といった側面があるのかもしれません。また、視覚障害者がアクティブになればなるほど、モバイル端末を使うケースが頻繁になる(しかも、自分の行動をナビゲートするうえで重要なツールとなる)と推測されるので、その意味でも、モバイル比率が上昇しているのは自然な流れなのかな、と思います。

日本では、モバイル環境での音声読み上げと言うと、NTTドコモの「らくらくホン」が有名ですが、ユーザー側からは、ほかの携帯端末も音声読み上げに対応して欲しい(選択肢がほしい)という要望もあるようです(ご参考:IT Proの記事「iPhoneとらくらくホンの静かなる戦い」)。スマートフォンに比べれば、一般的な携帯電話は音声読み上げ機能を組み込みやすいユーザーインターフェースだと思いますので、ぜひ、様々な機種で、音声読み上げができるようになってほしいと思います。


WebAIMの今回の調査で見えてきた米国での傾向が日本でも当てはまってゆくのかどうか、気になるところですが、個人的な想いとしては、支援技術のユーザーがエクストラなコストを支払う現状には疑問に感じているので、このような傾向(安価で気軽に最新の支援技術が使える)は歓迎したいところです。

参考資料

このコラム記事をまとめるにあたっては、下記の資料を参考にさせていただきました。