色の認識の特異性に関する呼称について

色の認識のしかたが、いわゆる健常者のそれと異なることを、色盲色弱色覚異常色覚障害などと呼びますよね。Webアクセシビリティを扱っていると、どうしてもこの呼称と向き合わなければならない場面があるのですが、いずれの呼称も、なんだか必要以上にネガティブイメージを植えつける表現のような気がして、どうもしっくり来ない感じがするのです。

ちなみに、色の認識のしかたが健常者と異なる人の割合は、黄色人種では男性の20人に1人(5パーセント)、女性の500人に1人(0.2パーセント)と言われています(ちなみに海外ではもう少し割合が高く、白人では男性の8パーセント、黒人では男性の4パーセントがこれに該当すると言われています)。小中学校の40人学級(男子がその半分の20人と想定しましょう)だと、各クラスの男子のうち1人が、健常者と異なる色覚特性を持っている計算になります。そのくらい「身近な存在」と言えるこれらの人を「異常」だとか「障害」などと呼んでしまうのはどうなんだろう?と思います。

最近、「つくられた障害『色盲』」(朝日文庫)という本を読みました。色の認識特性がいわゆる健常者と違うという理由だけで、(生活や仕事において特に大きな支障があるわけではないにもかかわらず)入試など各種試験での門前払い、職業差別、結婚差別に苦しんできた現状が綴られています。その多くが、石原式色覚異常検査表による検査結果に起因しているのですが、もともと徴兵検査用に使用していた同検査が、戦争がない現代(軍隊従事者に求められるほどの色覚認識力までは必ずしも必要ではない社会)でも適用されていること、それによって(ある意味時代錯誤的に)「異常」と判定された人たちが人知れず苦しんできたことを考えると、実は非常に重いテーマの話であることを認識せざるを得ません。

つくられた障害「色盲」(朝日文庫)

健常者である私たちがユニバーサルデザイン(アクセシビリティ)を考えるにあたっては、こういった生々しい現状についても、知っておいたほうがよいと思いました。私自身、色覚検査で「異常」とされた人たちが(実際の日常生活や職業生活においてあまり支障がないにもかかわらず)不当な差別を受けていた(それが放置されていた)という現実を、恥ずかしながらまったく知りませんでした。

ところで冒頭で問題提起した、この「色の認識のしかたにおける健常者との違い」に対する適切な呼称ですが、「つくられた障害『色盲』」の作者、高柳泰世さんは以下のように述べています。

  • 「色覚異常」という呼称は、彼らが異常なわけではないので、不適切。
  • 「色盲」「色弱」という呼称は、色がまったく認識できない/認識する力が弱いというニュアンスを想起させるので、不適切。
  • 「色覚特異性」または「色覚特性」という呼び方がいいのでは?と今のところ考えている。

当サイトでは、今までは「色盲」という呼称を使っていました。これは、「色覚異常」という呼称に違和感を感じていたからです。「盲」という表現が、差別的ニュアンスを含むような気がしつつも、「異常」と表現するよりは客観的事実を表しているように感じたからです(ウィキペディア「色覚異常」の「呼び方について」参照)。ただし、差別的なニュアンスが拭えないこと、「色がまったく認識できない」という誤解を与えてしまいかねないことを考えると、やはり、別の呼称を使ったほうがよいのかもしれません。色の認識のしかたの違いが、その人その人の「個性」というくらいのニュアンスで表現できればいいですね。

というわけで、当サイトでは、今後は色覚特性という表現に統一しようと思います。アクセシビリティ指針をはじめ、当サイトで「色盲」と表現しているところは、すべて「色覚特性」と書き換えましたので、ご参考にしていただければ幸いです。

なお、Webサイト(ホームページ)の設計や制作にあたっては、色の識別については個人差があるという前提に立って、ユニバーサルなデザインを心がけることが、大事だと思います。